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真田氏の史跡を歩く(5) 松代市街地にて [2013旅行]

上田市から長野市松代地区へは約35kmほどの近さなので、
当初はR18にて周辺景色を眺めながらクルマを流しつつ、
途中みんなでどこかで昼食とお喋りを交わし愉しみながら移動するつもりであった。
(次図の赤点線)

しかし予定時間を2時間近くもオーバーしたならば、マダムと相談して、
上信越高速道で一気に松代へ向かい、
昼食は各自クルマの中でコンビニ食として時間節約することとした。
(次図の黄色線)

そのために上田菅平ICへ向かう道路は、結局前日より2往復したことになり、
市内の大通りも自然と覚えてしまったりして、それはそれでよい (^_-)

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パンをかじり、おにぎりの米粒を口の周りに付けて、軽く玄米茶をこぼし、
長大トンネル続きの高速道を爆走すること1時間も経たぬうちに松代へ到着!

さあ最終回もBGMは・・・  → 真田太平記 オープニングテーマ

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松代は信之を祖とする松代藩真田氏10万石の城下町として、
江戸時代を約250年間生き抜き、明治の世を迎えた。
信之は当初上田を領地としていたが、大阪の陣の後に松代へ移封となった。
ゆえに真田氏の活躍を後世に伝える史跡や家宝が数多く残っている。
そこで、ここでは松代(海津)城跡、真田宝物館、長国寺を訪ねる。


まずは松代城跡だが、この城は以前川中島の戦いで武田信玄が海津城として築城し、
上杉謙信との戦いに備えた最前線の基地であった。

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おお、城がちびっ子上杉軍の猛攻にさらされている!
小石を蹴りジャリジャリ、カキーン!と荒々しい武者ぶりは見事!一番乗り~♪

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その川中島の戦い当時は幸隆、昌幸も参戦した地であり、
その後世に信之が当地へ入城するも奇縁と云える。
(現代の我々も上田と松代は近いので訪問には非常に助かる (^_-)v )

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当時は印象的な堀に囲まれた、まるで水城とも思える城だ。

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しかし明治の世に城は破却され、遺構は忘れ去られたように風化してゆく。
16年前に訪問した時は僅かな石垣が確認されたが、特に観るべきものも無く、
かつ重機で工事中であったので遠目に眺めて終わりであった。

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しかし近年の復元工事により見事に現代へ復活は重畳だ。
二の丸衞門より太鼓門にて本丸へ。

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当時、時を告げる太古が設置されていたので太鼓門という。

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多くは復元石垣だが、本丸御殿櫓台辺りは当時の石垣が確認出来る。

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搦手の北不明門から本丸を後にし二の丸跡をぶらぶらと散策だ。

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旧大手門があった池田満寿夫美術館前に、
発掘調査により確認された貴重な三の丸水堀跡がある。
これが拘りの “ 本物 ” であることで興奮したりする。

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城跡は復元が多いゆえか、整備された公園風情の面を強く感じてしまった・・・(ノД`)
まずはさらば、真田藩主の城、川中島合戦の舞台よ!


さて、その隣には昨年廃線となった長野電鉄屋代線の松代駅が望めて、
周囲は再開発となるのであろう、綺麗に更地とされていた。

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16年前は、この松代を見学し、松代駅から屋代駅を経由し上田へ向かったのだ。
あの日通った廃線跡に時の流れの哀愁を感じること、いとをかし (-_-)

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さていよいよ隣接する、真打ち登場は真田宝物館だ。
  → 真田宝物館 公式ホームページ

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真田氏400年の貴重な資料が収蔵展示され、武具、調度品、文書、美術品と幅広く、
ファンには堪らないお宝だらけ (^^)d
武田信玄、豊臣秀吉、徳川家康、石田三成らの書状も痺れるが、
胴に梯子は縁起が良いとされる昌幸着用の昇梯子の “ 本物 ” 甲冑に脳天クラクラ・・・

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・・・のはずであったが、当日はなぜか展示されていない (ノД`)
(どこかへ貸出し中であったかも・・・(未確認))

まずは館内を満喫した後にロビーでまったりと休憩し、
目の前での、燃える赤甲冑での記念撮影の親子の様子を拝見。
(私も子どもに戻り、着用撮影して欲しいかも・・・頭の中は子どもなのだが・・・)

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旅の終盤を締める骨太の良き歴史館訪問であった。

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上田市内同様に、ここでも六連銭が町内の至る所に見える。
暇そうなチビたちに「六連銭をさがせ~い!」、「あった!」、「あそこも!」と。

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そして最後の訪問は真田家菩提寺の長国寺。
前日真田の庄で訪問した長谷寺が、
信之の松代移封に従い移転し、長国寺と改められた。

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黒く精悍かつ華やかな信之の霊廟は国の重要文化財だ。

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その妻部の鶴の彫刻は名工左甚五郎作とのこと。

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そしてクライマックスは、真田家歴代藩主、信之からの墓が一同にあること。
明治の廃藩置県で藩終焉の主の10代幸民(ゆきもと)前までの藩主が眠る。

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幸隆、昌幸、幸村らは供養碑のみとなるが、
幸村と息子大助は「様」づけなのが可笑しい。

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ここでは住職なのか不明の謎のオヤジさんによる説明により、
大変判り易く、興味深く訪問することができ、誠に有り難かった <(_ _)>

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本堂屋根には真田家家紋の六連銭以外の雁金も確認出来る。
真田氏の誇りが西陽に映える絵が、いよいよ旅の終焉を告げるようで印象深かった。

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・・・ということで、
真田氏オールスターの奉られている寺は非常に重く深い感慨を抱かせてくれた。

詳細はこちら → オレの寺! 長国寺 


当初は、ここから川中島合戦跡地、善光寺へと参る計画であったが、
時計は既に16時を廻ったので、ここで濃厚な旅を終了とする。
明治まで続いた真田氏の宝物館と菩提寺で締めるが最も相応しいだろうし。

没落した一族を中興した「攻めの弾正」幸隆。
大勢力に囲まれて、吹けば飛ぶような小勢力ながら、
変転する難しい時代を巧みな外交と合戦により乗り切った「表裏比興の者」昌幸。
大阪の陣で敵にも賞賛された戦いぶりで真田の武名を普遍とした「日本一の兵」幸村。
そんな彼らの事実と虚偽が混在しつつも、今日よく伝えられているのは、
信之を始めとする家系が明治の世までよく続いたからに他ならない。
大阪の陣の後、徳川の憎き敵として幕府による藩取り潰しの陰謀渦巻く中を、
さながら武器を持たぬ戦いに勝利し、藩の礎を築いた信之の功績は大きい。
・・・ゆえに三代4人なのだ!

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そんな興奮を表す私のお土産たち (^^)v

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もちろん訪問各所での資料、パンフレット、入場券なども思い出の逸品。
これらをファイリングし、後日パラパラと見返すことも愉しい (^^)

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そして何よりも!
そんな旅を気持ち好く送れたは、良き仲間に恵まれたからに他ならない。
俺の城!氏とマダムよ、本当にありがとう!
キミたちと共有できたからこその “ 夢の旅 ” であったことは言うまでも無い (^^)v

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また2日間にわたり、男も敵わない気っ風と走りで、
不案内な道も含め終始先導してくれたマダムありがとう<(_ _)>

長野ICで右と左に別れて、お互い手を振りつつ走り去る光景は今も脳裏に鮮やかだ。
遠足は家の玄関に至るまで遠足・・・我らも4時間後には無事帰宅だ。

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そんなこんなで信州と上州の真田氏の主戦場を確かに承った!
次は昌幸と幸村が配流された紀州高野山と、幸村が伝説を生み残した大阪だ!

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さらばその日まで・・・我らの歴史旅浪漫は終わらない (^_-)☆       (おわり)


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真田氏の史跡を歩く(4) 上田市街地にて [2013旅行]

ついにLOVE♪LOVE♪な真田幸村と再会を果たし気分は絶好調 b(^^)d
やっぱりBGMは・・・  → 真田太平記 オープニングテーマ

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本日は、まずは真田氏を語る上で欠かせない聖地上田市街地で、
砥石城跡、上田城跡、池波正太郎 真田太平記館を巡る。

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砥石城跡は当初計画では先日夕方訪問であったが、
いざ各所を巡り始めると興奮ゆえか微妙に時間を費やし本日へスライドだ。

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砥石城跡は村上義清勢力下時に武田晴信(信玄)が攻めたが、
「砥石崩れ」と呼ばれる有名な負け戦の舞台となった堅城だ。
それを武田配下の幸隆が翌年調略によりわずか1日で制圧し、
その後真田氏の城となり、昌幸が上田城築城までは主城であった。

遠望で綺麗な台形の威容の山城を、
地形図でも険しさが容易に想像できる堅城を、
歴史背景に想いを馳せつつ、我らも勇躍出陣だ (^^)d

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この場に似合わない「なめんなよ!」と軽薄で挑発的なコメントがお出迎え。

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しかしその後に待ち受けたは、誠に中途半端な門で、
中央には中学校の体育祭の各陣地に飾られるような、
イケメンキャラクターが描かれた看板が!
ひと言で片づければ、「浪漫もセンスも無い!」(ToT);;;

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拍子抜けの気を取り直し、道を進めば上り坂ゆえに次第に息は荒くなる。
これは軽い登山、トレッキングの部類に入りそうな嫌な予感が・・・。

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なんとやはり! あまりの急斜面によりロープが張られている!

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まずは端っこの米山(こめやま)城を制圧。
ちなみに第1回米山城まつり記念のベンチ日付は昭和59(1984)年10月27日。

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下りは上り以上に危険なことは、山歩きの基本中の基本だ。
ここに“愉しい観光”などと呑気な雰囲気は無く“生死を賭けた”行動と云えるかも。

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米山城跡を一旦下るといよいよ砥石城跡への上りだが、
こちらも長く急坂なので階段が設置されていて非常に助かる。
まったく宝くじ助成金様々だ <(_ _)>

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さすがの健脚な私も寒風をものともせず大汗だ (>_<);;; ん?鼻水も m(^_-)m

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しかしそれに引き替えの眺望は素晴らしい!
手前には先ほど登った米山城跡、そして上田城跡が続き、遠くには別所温泉も。

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既にゼンマイが切れたオバさん2名を残し、
せっかくの歴史的舞台の山城なれば、行けるところまで制圧だ!

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本城跡には石垣も残り、まさに戦いの舞台の雰囲気を漂わせている。

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奥の桝形城跡への最後の上りを攻める。

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ここで本当の、やったぜ砥石城跡制圧 (^^)v

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昨日辿ってきた鳥居峠方面、訪問した長谷寺、真田本城跡などが。

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大手口へのつづら折りを延々と下る。まったく凄い距離だ (ノД`)

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この山裾の伊勢山地区は歴史的風情のある街並みが続き、
当時の家臣団たちの住居跡だったかも。

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さすがに大規模で険しい山城だったゆえに、
上り始めから駐車場へ戻るに1時間半も要してしまった!
(昨夕方にムリに挑まず正解=遭難してしまったかも (×_×))

詳細はこちら → オレの城!砥石城 (coming soon ♪)


さて再び上田市街地へ向かい、いよいよ上田城跡だ。
昌幸が築城し、徳川の大軍を2度迎え撃ち2度とも撃退した城跡だ。

1585年徳川軍7000人を真田軍(昌幸、信之、幸村)は2000人で迎え撃ち、
徳川軍に死傷者1300人あまりを出させ潰走させた神川合戦(第1次上田合戦)。
1600年関ヶ原の戦いに際し、西軍(豊臣軍)に昌幸、幸村が、
東軍(徳川軍)に信之が別れ、徳川秀忠率いる徳川本隊の3万8000人を、
わずが3500人で迎え撃ち、1週間釘付けにし見事に撃退し秀忠に攻略を諦めさせた。
そして結果的に徳川本隊を関ヶ原決戦に遅参させた第2次上田合戦。


その誇りある上田城跡に16年ぶりに推参なり~b(^^)d☆♪☆♪☆♪

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ちなみに有名な真田十勇士は架空の人物・物語ですぞ。お間違えなく。

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城内の真田神社へ参拝。

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幸村のでっかい兜オブジェ設置の意味がよく判らんが・・・御神体?

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詳細はこちら → オレの神社!真田神社


城自体に遺構は少なく再建が多く残念であるが、
実戦を経験(特に精強な徳川軍相手に)した、
この場所であること」がファンの心を限りなく熱くさせるのだ!

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だからバリアフリー化工事などと城内に舗装道路が施設され、
チャリンコの爺ちゃんが通ろうとも、涙せずにっこりと聖地を讃えたい。

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そして十勇士看板で大きなお尻を向けるオバちゃんたちも微笑ましい。

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詳細はこちら → オレの城!上田城 (coming soon ♪)


さて余韻を引きずり隣接のお土産物店で経済活動に勤しみますか!

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2階は三代のレプリカ甲冑を眺めての無料休憩所。

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1階入口脇には駅前と同じ幸村銅像と玩具ダイヤブロック製甲冑が展示。
ブロック製甲冑は約6300個にて約23.5日(177時間)を費やした大作らしいが、
一体誰が何を訴えたいのかよく判らん (T_T)? でも信者作ならば判るかも (^^)

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聖地にて買いも買ったり六連銭グッズたち (^^)v
ワッペンは愛車軽トラに貼ろう!(軽トラ自体も赤く塗装し直すか(^_-)☆)

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続いて池波正太郎 真田太平記館だが、
そもそも同氏作の『真田太平記』で具体的なイメージを膨らまし世界観を築いたし、
その余波で同氏の他の歴史時代小説も好きになった。
『鬼平犯科帳』、『剣客商売』、『藤枝梅安』などネ。 
そんなアレコレでファンは訪問してみたいのだ。
  → 池波正太郎 真田太平記館
  → 池波正太郎 公式ホームページ

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チビたちはつまらないかも、と危惧していたが、
暗い洞穴通路を幾度も走り回り愉しんでいたようで助かった。

私はここでも記念にと、上田紬製の巾着を購入だ。
地元の特産品で丈夫さを「3代100年使用可能」との売り文句が、
今回の「真田3代を巡る旅」コンセプトの琴線に響いたりするので (^^)♪

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さて、そんな満足感に浸り、ふと時計をみると12時58分!
この後は長野市松代地区へ突撃計画で、16時には家路へとつきたいが、
上田市からの移動時間も考慮すると時間が無い!
(やはり計画変更の砥石城跡で時間を費やしすぎたか・・・(ノД`))

ああ、どうしよう・・・(>_<)                    (感動の最終回へつづく



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真田氏の史跡を歩く(3) 別所温泉→上田駅前 [2013旅行]

  → The Song of Life ~with Royal Philharmonic Orchestra 2001 version

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今宵お世話になる宿はマウントビューホテル朝日館さん。
展望露天風呂と手作り会席料理が自慢の宿なればGood ♪
嬉しい角部屋からは上田市街の夜景が!

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まずは自慢の硫黄泉、やや温めでじっくりと温まる。
風林火山コンビはサウナと水風呂を行ったり来たりで大騒ぎ。
(彼らの40年後の姿見えり!( ̄∇ ̄) )

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さてお愉しみの夕食に舌鼓。

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その後は部屋へ戻り祝宴は続く (^^)
あーだ、こーだと真田ネタはもちろん、グダグダと歴史談義に華が咲く。

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ちなみにチビたち3人は隣部屋で仲良く「子ども会」と称し懇親会。ヤツらも呑む。

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ここで俺の城!氏に書類土産をいただいた・・・ありがとうヾ(^v^)k

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彼らが不用品のイケメン伊達政宗クリアファイルは赦すとして、
『マダム一家TV出演』なるDVDは残念ながら再生不可であった・・・(ノД`)

そんな弾んだお喋りも、ろれつが回らなくなった午前様まで続いたのであった。
窓の外の上田市の灯も睡眠モードだ。

我らはバタンキュ~と布団へ倒れたが、マダムはお風呂へいったとのこと。
呑んで風呂入るなよ! チミはナースだろ! むしろ止める立場じゃん (--#)
まったくやれやれ・・・(-_-)゜zzz…

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さて暗闇の5時半に起床し6時に朝風呂で今日の英気を養う。
部屋に戻ると希望の朝よろしく、天気も良さそうだ。

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8時の朝食時間までに別所温泉での朝の散策を愉しむ。
見所も多いので今のうちに (^^)v



宿のほぼ隣には共同浴場の石湯があり、
「真田幸村公 隠しの湯」と銘打つ池波正太郎筆の石碑があるのだ!

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これを観ずして、カメラに収めずして別所温泉へはありえない! やったぜ (^^)v

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「お江・・・いやん幸村さま・・・いいではないか・・・ジャッ・ポ~ン♪」 その舞台ネ。
(凄く気になるキミはDVD 『真田太平記』を観てみよう (^^) )

さて有名な3つの寺も今のうちに攻め落とそう。

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まずは安楽寺の黒門をくぐる。

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前夜のダレダレ酔っ払いが嘘のように元気なマダム・・・敵わん。

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ここの見所は国宝八角三重の塔だが拝観時間は8時から・・・(>_<)
今日もスケジュールが押しているので、後の訪問は却下で泣く泣く断念。
ヨボヨボ爺さんになったら、いつか来る機会があるかも。

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参考画像にてコレだ。
  → 安楽寺 公式ホームページ

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安楽寺から常楽寺へ向かう道から浅間山も見えるらしいが、現在は雲の中。

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勝手に持って行ってくれ、との御朱印をGet!
料金を間違ってアフリカ難民への基金箱へ入れてしまったが赦して下さい m(_ _)m

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国宝や重要文化財の多い地域の消防団のみなさんご苦労さまです。
みなさんのおかげで温泉街を愉しんでおりまする <(_ _)>

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飲泉できる温泉が嬉しいかも。

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さて全国でも珍しい本堂が北に向いている北向観音へ。

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開店前だが、お土産街が風情を盛り上げている。

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「厄除観音」としても有名なので気張って参拝だ。

詳細はこちら → オレの寺!北向観音

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さてもうひとつ。
上田電鉄別所線の別所温泉駅も気になっていたが、時間もなく諦める。
いつかヨボヨボ爺さんは、この電車に乗りに来るぞよ。

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まずは参考画像といただいた書籍にて愉しんで機会を待とう=備えあればチャンスあり。


別所線歴史さんぽ

別所線歴史さんぽ

  • 作者: ほホ歩の会
  • 出版社/メーカー: 信濃毎日新聞社
  • 発売日: 2011/05/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


そんな具合でハートは熱くとも、朝の冷気に凍えて宿へ戻る。
朝食までわずか10分ほどでもマダムは風呂へダイブしたらしい (゚o゚;

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今日は市内で美味いものをつまみ食いしたいので、ごはんを1杯で控える私。

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さらば朝日館さん・・・気持ち好く過ごすことが出来ました <(_ _)>

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荷物の積み替えなどクルマ発進までのモタモタ中に、
チビたちに名物厄除けまんじゅうを買って来てもらった。ヤツら使えるので助かる。
ただ、まんじゅうは今日作って明日が賞味期限とは厳しい。

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さぁ、いよいよ真打ちの上田城跡と砥石城跡へ向かいまする (^^)v

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晴男と晴女のマダム夫妻の威光で今日もピーカン照りが嬉しいヾ(^v^)k

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昨日と同じ道を戻り上田駅を目指すが、
途中の昨夜も気になった『上田原』看板は、やはり有名な古戦場跡だ。
村上義清vs武田晴信(若き日の信玄)だが、
地元の利を生かした村上勢の猛攻にあい、
晴信の重臣ナンバー1、2の板垣信方、甘利虎泰を始め、
多くの重臣を失い、晴信も傷を負った負け戦「上田原の戦い」の舞台だ。

まったくアレコレと戦国歴史好きの脳天を刺激する地域で痺れるぜ。

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さてやがて上田駅前へ。
16年前は駅前のイトーヨーカドービル(と記憶する)の最上階レストランで、
ビールで祝杯し、カレーライスでお腹を満たし、
眼下の上田城跡と虚空蔵山を眺めて悦に入った記憶が蘇る。
そして同月開業の長野新幹線あさまで東京、横浜へ戻ったのだ。
そのビル(写真赤点線)も今は再開発で姿無きは時の流れというもの。合掌。

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ところでマダム、車線案内を間違っているのでは? 駅へは右折せよでは?
と思った瞬間にマダムが右ウインカーを出したので私も咄嗟に続き、
2車線を2台揃って斜めに占領 (山形ナンバーなので勘弁して下さい・・・<(_ _)>;;;)

さあ上田駅。
壁のデザインも六連銭イメージで、随所に六連銭が見える。
(写真では小さくて判りにくいけど・・・)

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そして反対側ロータリの中に、見えまする見えまする!!!

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真田幸村騎馬銅像へ16年ぶりのご対面 ヾ(^v^)k
当時は無かったエンジ色の旗指物は時計と温度計の実用を兼ねてGood!

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いよいよ怒濤のクライマックスに少年オヤジの心躍る瞬間が迫る!
(ずぅ~っと、立ちっぱなしだけどネ・・・(^_-)☆)              (つづく


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真田氏の史跡を歩く(2) 旧真田町→別所温泉 [2013旅行]

長野県上田市の旧真田町の真田氏発祥の地は真田の庄とも云われる。
数々の細かくレアな史跡が多い地域だが、ここも泣く泣く取捨選択し5箇所だ。

鳥居峠よりR144を下り、右手への菅平高原入口、左手の松尾古城跡、
角間渓谷入口を経て、真田家の菩提寺の長谷寺へ。

では今回も・・・  → 真田太平記 オープニングテーマ

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特徴的な1枚石からの切り出しと云われるアーチの山門がお出迎え。

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やはり六連銭ですよね(?)

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本堂参拝の後は、案内板に従い裏手の墓地へ。
「墓地で転ぶと良いことが無い」と云われるので風林火山コンビにドキドキ。
「こらぁ!走るな!」

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中央が幸隆で写真向かって左が昌幸で、右は幸隆夫人のお墓だ。

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真田家が長野市松代に移封に従い菩提寺は同地区の長国寺へ移り、
この長谷寺は長国寺の末寺となったとのこと。
とにかく真田家中興の祖幸隆は同地に眠るなれば、深く合掌。


続いて幸隆が築城したとされる真田本城跡へ。


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幸隆がこめかみに血管を浮かび上がらせてふんばり、
謀議や戦の指示を行った厠が現存・・・あれ?(^_-)☆

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曲輪は狭く細長く連なっているが、周囲は急な崖でもロープや手すりは皆無。
弾けて大騒ぎで走り回るチビたちが誤って転げ落ちないかヒヤヒヤだ (@@;)
「こらぁ、そんなに端に近寄るな!」

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北東方面には先ほど来た道と史跡が望める。

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反対の南西方面には綺麗な台形の砥石(といし)城跡が望め、
その奥が上田市街で、さらに遠くの奥が別所温泉だ。

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新しく小綺麗な幟をガメようか謀議中だったらしいが、
私に見つかったので、急ぎにっこりと微笑んで誤魔化す彼ら。
「こらぁ!オレの分もよろしくぅ!」

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この大地を幸隆や幼い昌幸兄弟も踏みしめたなるか? う~む、浪漫。

詳細はこちら! → 真田本城 〔 presents dy 俺の城!〕

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さて続いて至近の真田氏歴史館と真田氏居館跡へ。

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歴史館入口には記念撮影グッズだが、あれ? なんかおかしいぞ!

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通常兜は後頭部全面を三角に覆うデザインのものなのに・・・。

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これはただの工事ヘルメットを彩色し、厚紙で六連銭・・・ (ノД`)
まるで地元の盆踊り小中学校の卒業祝賀会の仮装レベルだ (ToT);;;


でも・・・私もやっちゃうもんね~(^^)v
(娘とのコミュニケーションに密かに安堵のオッさん 心で号泣(ノД`) )

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さて館内は真田氏ゆかりの古文書、武具などが豊富だが、
注目はNHK時代劇『真田太平記』の撮影で実際に使用された甲冑だ。
若き日の丹波哲郎草刈正雄の写真に号泣 (ノД`)
 
そんな盛り上がりもあり、グッズ販売コーナーではMax ヒートアップ!
「欲しいモノは、今ここでしか無いので、何でも買ってしまえ」 と天の声が (^^)d

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その隣の真田氏居館跡(御屋敷公園)へも散策だ。

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常時はここに住み、いざ戦闘となれば本城へ立てこもり戦うということだ。
今は、なんの変哲も無い広場としか見えないが・・・(T_T)

詳細はこちら! → 真田氏館跡 〔 presents dy 俺の城!〕

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予定ではこの後に砥石城跡も攻めるつもりであったが、日暮れゆえに翌日に延期だ。
そこで上田駅前の真田幸村像を写真に収めて、別所温泉へ向かうこととする。

が、走り出した1分後に気になる看板を発見!
[真田町 町原]とは・・・むうぅ、ここに実家を移そうか ( ̄∇ ̄)

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急な思いつきでクルマを止めたので、先行のマダム車とはぐれてしまい、
見知らぬ土地で危うく迷子になるところだった・・・ごめんなさい<(_ _)>

まずは無事に追いつき、いよいよ上田市街地へ入る。
夕暮れの帰宅ラッシュ時間で混雑なれば慎重な運転を!
(ただもの “上田” に興奮しており回路は暴発中~♪ 車内でひとり騒ぐ私~♪)

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やがて16年ぶりの上田駅前へ。
「ああっ! あそこに真田幸村がいるはずぅ! でも見えなぁ~い!」 全くうるさい。

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しかし夕暮れでは写真撮影も技術的に難しいし、
周囲は混雑していて駐車も大変なので翌日に見送ることに。

でも単純に初めての市内の運転が愉しい。
『上田原』の看板等に反応したりしてネ。

途中のスーパーで今宵の懇親会の酒肴類等を確保する。
この地域で多い「イオン・ビッグ」覚えたぞ。

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上田&真田とくれば必然的に名湯別所温泉!
  → 信州最古の温泉 別所温泉 公式ホームページ

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今日の興奮を振り返り、明日の予定を確認し、
そもそも気の合う彼らとのお喋りが愉しみだ。

私はついに上田へ来て別所温泉に泊まっているのだ (^^)v        (つづく
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真田氏の史跡を歩く(1) 沼田→鳥居峠 [2013旅行]

私は真田幸村が大好きだ。
しかし彼を知れば知るほど、その父昌幸、祖父幸隆、
そして兄信之の存在が不可欠なことに気付く。
そしてこの三代4人各々のなんと魅力的なことか!

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そんな彼らが生きた土地を訪問してみたい悲願がついに訪れた!
ではBGMは・・・  → 真田太平記 オープニングテーマ

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長野県諏訪地方に住む従姉妹のマダムと旦那の俺の城!氏も歴史好き。
特に俺の城!氏も真田大好き人。
ちなみに職種は異なれどセロリと花卉と同じく農家。
そこで数年来の(農閑期に)「沼田で会おう!」計画が今年めでたく実施の段と。

その氏が製作した事前勉強パンフレットにただならぬ熱意を感じる <(_ _)>
このような作業の愉しさに大いに共感する私なれば、
もちろん私も事前勉強を気張って気分を盛り上げていたしで、
今回の計画での互いの相乗効果による火炎の凄まじさも想像されよう (^^)d

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そこで今回のルートは1泊2日をフル活用のガチ旅行。
群馬県沼田市より長野県上田市の別所温泉へ宿泊し、
翌日最後は長野市松代地区で締めるという、まさにお真田てんこ盛り道中だ!

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では9時に沼田城跡に集合!と息巻いていたのに、マダム御一行はいきなり遅刻 (`ε´)
こっちは真っ暗でクソ寒い中を5時過ぎに出て、
大雨の新潟県内、大雪の魚沼地方を走破して厳守してるのに!
ゆえに挨拶第一声は、「おめーら、気合いが足らねーな。おうおう (--#)」

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さて、昌幸が攻略し、信之が治めた沼田城は、
特に北条氏と争った要害だが遺構は少ない。

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広大な地域の隅っこにわずかな石垣を見るのみ。

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説明書きもなく厳重に囲われた石は昌幸が首実検をした「平八郎石」。

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断崖の上の要衝ゆえに眺望は抜群で、北西には名胡桃(なくるみ)城跡が望める?

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しかし、全国の城跡同様ご多分にもれず、
域内は運動場と化していてジイさんたちがゲートボールを愉しんでいたりするが、
歴史ファンには少し残念なところだ。

詳細はこちら! → 沼田城 〔 presents dy 俺の城!〕

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次に約4km離れた名胡桃城跡へ。

ちなみに、その途中の月夜野ICの看板等が目に入ると、
なぜか「松坂大輔 横浜高校の地獄の月夜野合宿」が自動的に連想される私。

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さてここは豊臣秀吉の天下統一総仕上げの小田原北条氏討伐の、
きっかけとなった城跡なので歴史的価値も抜群だ。

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当時真田の城であったが、城主鈴木主水が昌幸の偽手紙で城を留守にしたところを、
沼田の北条氏が急襲し騙し取ったのだ。
だから観てくれよ!と言わんばかりの、沿道の多くの旗指物が訴えている。

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ここは曲輪跡が綺麗に整備されていてびっくり!
しかも親切な小父さんが無料で説明してくれるので大助かり ヾ(^v^)k

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そんな思いもかけない展開にバカ夫婦は大騒ぎ ( ̄∇ ̄)~♪

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詳細はこちら! → 名胡桃城 〔 presents dy 俺の城!〕


さて続いて東吾妻町の岩櫃(いわひつ)城跡へ向かうが、
その途中の山の中を上越新幹線の中山トンネルが通っている。
ここは水難工事のために、ついに直線ルートがとれなくて若干右に逸れる場所があり、
実際に乗車しトンネルに入ると、その地点なのだろう、減速し車体が傾くことが判る。
  → 『上越新幹線物語1979』

ま、そんなあれこれも道中の愉しみとな。

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さて適当な昼食店を見つけてクルマを駐車すれば、
その目の前はお城風情に何となく惹かれる岩櫃城温泉が。
(ま、「それがどうした?」ということなんだけど・・・(^_-))

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焼肉店だが焼き時間を要すが勿体ないので御法度=城攻めが忙しいのだ。

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さて岩櫃城跡は岩櫃山の奇岩が難攻不落の要害を印象づけて燃えさせる。

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トレランとしても鍛えられるだろう、その点でも燃える私 (^^)d

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狭い山道を登ると駐車場には中型バスが=他に観光客がいるのか!? メジャー?

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さて、この山城は幸隆が攻略し真田家のものとし、上田と沼田を結ぶ要衝で、
織田信長に攻められ武田家滅亡の危機には、昌幸が勝頼を迎えて戦おうとした城だ。
ゆえに広大で堅固である背景は想像に難くない。

では推参・・・鬱蒼たる、この山道の雰囲気は、もしかして・・・

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やはり「熊出没注意」の看板が!

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そんなことはお構いなしに、先鋒隊の4号アニキとシャテイコンビは疾走。
この険しい山道で、それなりの距離でも、たくましく風林火山!

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対照的に日頃の運動不足の大人は、へばってマスます・・・(ノД`)

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ここも激しい起伏の曲輪跡がありシビれますた。
しかし、この時期の風は冷たいなれど、草や藪が無いので眺望、視界は抜群。
夏期のヤブ蚊などに襲われる心配もないので、実は訪問適期かも (^_-)!

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この眼下の吾妻川沿いに真田の軍勢や使者が往来したことだろう。う~む、浪漫。

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詳細はこちら! → 岩櫃城 〔 presents dy 俺の城!〕


さてこの後は、およそ50km先の長野県上田市の旧真田町=
=真田氏発祥の地=真田ファンの聖地へ一気に向かう!
その道中も数々の真田家ゆかりの史跡があるが、
そこは1泊2日の時間の都合で断腸の思いで取捨選択だ。

そのR146を進むと真新しいコンクリートの巨大な橋群が視界に入り始める。

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そう、この道中が、世論の物議をかもした有名な八ッ場ダムの工事現場なのだ。

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これだけ付け替え道路や橋等の工事を進めれば巨大な利権の想像も難くない。
工事の大義名分もそれらしいが、私にはよく判らん。
あの時の民主党の鼻息の荒さのみが、今は何処吹く風と懐かしいかも。


やがて草津温泉や万座温泉の入口を過ぎて嬬恋村に入る。
高原のキャベツ畑で有名だが、以前はかすめただけなので、じっくりと景観に魅入る。
  → 草津温泉&テンコ盛り道中(1)

そんな移動路でも周囲の景観や人々の暮らしの様子が気になる私だ。
本当はボケ~ッと眺めていたいが、ドライバーなれば半減だが仕方ない。

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そしていよいよ県境の鳥居峠だ。

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地図で判り易いが、群馬県側はなだらかだが、長野県側は急峻な地形だ。
チャリの猛者はヒルクライムに燃える坂かも。


そんな地形の様子を運転しつつ満喫し、いよいよ真田氏発祥の地だ。
自然と気持ちが燃え上がり、ハンドルを握る手も汗ばむぜ (^_-)v     (つづく


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初めての真室川町にて [2013旅行]

さてその2件の視察会場となった県北部の真室川町。
  → 視察2013・・・11月(3) 真室川町秋山牧場
  → 視察2013・・・11月(4) 真室川町E氏

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豪雪地帯で人口も似たり寄ったりなれば初めての訪問に興味津々。

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奥羽本線の「森の停車場」なる洒落た駅名と駅舎Good!

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木の香りの舎内は癒やされます。

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隣は地元の農産物、加工品等の売店なれば町の意欲を感じる。

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本線なので我が米坂線よりも運行量は多い模様。
新庄市へ通学する高校生も多いと想像されるので、
部活動後の帰宅時間として下り19時台に1本欲しいと思うは、
子育てど真ん中の私の考察・・・と勝手に余計な想像が愉しいかも。

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駅前通り。

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そして商店街。

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う~む、我が小国町も負けられないな!・・・とオレは町長か?

まずは見知らぬ土地を何気なく訪問、散策することも好きな私。
その土地土地に人が居て、各々の生活があり、文化がある。
そんな些細な風や香りを感じることが好きなのだ。

・・・ということで、さらば真室川町 (^^)/ いつかまた来るかも ♪

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長い帰路道中の道の駅尾花沢で肉まんを。
「尾花沢牛」なんてブランドがあるのか。ほほう。あいかわらず知らぬこと多し。

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そして売店よりヨーグルトの酒をGET!したわけだ (^^)d

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んで、その余韻を駆り、帰宅の夜ランニングで12km走ったとさ (^^)v


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青春18きっぷの旅2013(6) 柏崎→小国 [2013旅行]

柏崎にて今まで乗車してきた長岡行き列車を見送る。

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当初はそのまま信越本線にて長岡乗り換えで新潟を目指すつもりであったが、
前夜柏崎からの越後線の乗り換え時間が合うことを発見して急遽予定変更だ。
普段より馴染みの無い路線なので今こそ乗るしかない (^^)/

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では最終回のBGMは・・・
→ The Song of Life ~with Royal Philharmonic Orchestra 2001 version~

新潟県内お馴染みの車両は17分待ち合わせの後に0番線より15時29分発車。

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この旧い室内は米坂線車両でも同様であったので懐かしさの香りがほわ~ん♪ と。

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日本の名品種コシヒカリの一大産地の越後平野を、
車両が旧いのか、線路が悪いのか、ガタゴトガタゴトと異様に揺れるし、
危なっかしい音が響き渡り、脱線などを想像してしまい内心実は怖かったりする (~_~;)

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約20分弱で西山駅に到着だ。

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旧西山町時代に田中角栄記念館を見学し、近くの実家も外から拝見した。
  → 田中角栄記念館
その巨人 田中角栄のおかげで県内難所各所の道路が整備され、
ここの4車線のR116も原発道路なのだろうが、大層驚いた記憶がある。



さらに進むと出雲崎だが、名僧 良寛さんで有名で、
海岸沿いの道路はドライブし足跡を訪ねたことがある・・・何もかも懐かしい。

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午前は大汗だったので交換したタオルは敦賀のホテルより同行した薄い風呂タオル!
気付かれるとカッコ悪いがこれも旅のご愛敬・・・一部に駅弁のイカスミが (ノД`)
午後の西陽が眩しくまだまだ暑い車内ではある。

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平野の左手に、やがて名峰 弥彦山が見えてくると、
いつもの行動圏内で帰って来たと実感し始める。
周囲には痺れる寺社仏閣があるし (^^)
  → オレの神社!・・・弥彦神社
  → オレの寺!・・・国上寺 良寛を想う
  → オレの寺!・・・西生寺 日本最古の即身仏を拝む

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やがて終点吉田駅だが、あのラーメン店も3kmほど東なればパブロフの犬 (^_-)
  → 杭州飯店・・・至高の双璧

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16時34分到着で次は16時59分の発車なので構内をブラブラと徘徊してみる。

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折り返し列車がホームに滑り込んでくる。
吉田からはほとんどが新潟行きだが、この列車は村上まで行く便だ。

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平野の中を勢いよくぶっ飛ばしホントに脱線しそうな振動と音は、
この3日で国内各地を乗り継いだ列車の中で一番! 恐るべし越後線 (T_T)

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約40分を過ぎると新潟市街地へ入り、懐かしい景色、建物が目に入る。
例の日本文理高校も見えたかも (^^)/

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人口密集地なはずだが車窓を流れる緑が清々しい。

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帰宅の人々が行き交う駅、街並みに日本海側最大の都市を感じるかも。
そして市内ど真ん中を流れる日本の大河 信濃川でいよいよ旅の終盤の哀愁を。

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各駅列車での新潟駅構内は2年ぶりくらいかも。

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そのまま村上行きで坂町駅で降りても、米坂線の乗り継ぎがないので、
新潟駅で時間を潰すが、17時53分着で次は19時ちょうど発なので1時間強の滞在だ。
南口外へ出てみると駅ビルCoCoLoの西館などが出来ているし、
ビッグカメラの上にはゼビオスポーツなどが入り込んでいる・・・知らなかった。

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日頃の生活圏なれば今さらお土産なども興味が無く、
ヨドバシビッグカメラの冷やかし、ジュンク堂で立ち読みする意欲も無く、
駅構内をブラつくことにするが、在来線8・9番線とは?
ここからホームまで3分とは随分と遠いぞ・・・どこだ? (^_^;)

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高架工事中?でホームの無い=現在欠番の5~7番線だが、ホントはどうなるの?

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8・9番線は1番線の新発田寄りの奥のようだ・・・確かに遠い!

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多くの人々が帰宅の電車を待ち賑わうが、私の乗り込む電車はまだ先なので、
一旦構内のコンビニへ戻りエネルギー補給品を確保することとする。

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夕暮れ哀愁の数々の特急列車たちを、
のほほん♪ と見送りながらビールで祝杯( ^_^)/□☆□\(^_^ )

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やがて村上からの折り返し電車が来て19時ちょうどに新潟駅を出発!

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さらば新潟市! 夕闇の大河 阿賀野川を越えると、
旅が終わることの実感がじわじわと迫り少々寂しく残念な想いも・・・(ノД`)

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坂町駅には20時ちょうど着の予定が5分ほど遅れたが、
米坂線小国行き最終20時4分発の列車が待っていてくれた。

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長かった道中の新潟県より、いよいよ地元山形県へ帰るのだ。

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この時の編成は、多くの地域でも見かける白緑ボディのキハ110系と、
比較的新型のシルバーオレンジボディのキハE120系の組合せだ。

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下関駅で数名降車すると、車内には私も含めて3名しかいないので、
この機会にじっくりと車内見物をしてみたりする。
これはキハE120系。

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トイレも広くて清潔感が漂う。

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こちらはキハ110系。

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何れの車両も様々な立場に柔軟に対応しやすい座席レイアウトが良く、
座席自体も座り心地が良いことも長旅には嬉しい。
今回国内大動脈線を始め、数多くの車両に乗り込んだが、
この米坂線の車両が最も快適かもしれない、と結論づけたりして ( ̄∇ ̄)d

やがて県境を越えると、中心街でも街灯がまばらな寂しい我が町が・・・(^_-)
そして終点小国駅は予定通り20時46分に無事に到着。

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【本日の乗り換え】
敦賀→金沢(下車)→高岡(下車)→富山→直江津→柏崎→吉田→
新潟(下車)→坂町→小国
所要時間 約15時間 (5:46→20:46)

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改札できっぷに押印してもらい記念に持ち帰るが、その視線の先には・・・熊が!

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いつも見ていて知っているが、改めて改札口からの印象はヤバいかも (ノД`)
やってくれるぜ小国駅=熊の町小国町? やはり秘境か・・・(>_<)
国内各地を訪ねた各駅の印象で比較してみると、やはり熊は強烈かも (ToT);;;


8/10(土)6時2分より乗車し始めて、12(月)20時46分降車は約63時間弱の旅!

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8/10は約370kmで、8/11は約530kmで、8/12は約550km は総距離約1450km !
1日たった2300円の乗車賃で400~500kmの浪漫は充実の時であった (^^)d

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その今回の記念お土産は岐阜城で信長扇子、彦根城瑞龍寺で栞の3品のみ。

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またいつもの事だが、大したものも食べなかったなぁ (^_-)
しかし月並みだが、脳裏に焼き付いた景色、数々の体験が宝物と云えるだろう。

まとめるのに1ヶ月も要した大作だったが、ソレが愉しい時間を過ごせた証だ。
また旅に出たい=次機会のために、
今日の平凡な日を大切に過ごすとしますか!
まずは全てに感謝かな <(_ _)>                           (おわり)



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青春18きっぷの旅2013(5) 金沢→柏崎 [2013旅行]

金沢城下町RUNの闘いで一息ついていると、
程なく富山からの折り返し列車が金沢に到着だ。

熱く暑い夏のBGMなればコレ! → 「夏の旅」 松岡 直也

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県境を越えて富山県へ向かいまするよ (^^)/

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大汗がひかないので、立ちんぼで先頭車窓を愉しむのみ (^^)

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東金沢駅で、あの星稜高校の生徒たちが乗降するのでは?

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高校野球界名門の、有名すぎる2つの試合が今後も長くファンの記憶に残ることだろう。

  → 奇跡を越えた名勝負 '79年 箕島vs星稜
  → 1992 明徳義塾 対 星稜

名将 山下智茂監督曰く、
「負けて有名になるのが星稜だ」 とは自虐気味だが (^_-)
その後もついに、あとひとつに届かず無冠のまま監督を退いたは惜しい (ノД`)
また同校サッカー部出身では本田圭佑が有名ですな。

さて列車は、ほどなく富山との県境の倶利伽羅峠に差し掛かる。

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ここは源平の争いの中で、
木曾(源)義仲軍と平維盛率いる平家軍との倶利伽羅峠の戦いで有名だ。

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義仲軍が数百頭の牛の角に松明をくくりつけて敵中に向け放つという、
「火牛の計」が有名だが、畜産農家の私も疑わしい伝説の域を出ない話かも。

まずは、いつかヨボヨボ爺さんになったらじっくりと現地を徘徊したいものだ。

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また、鉄道トンネルに平行した北側のR8の源平トンネルがお洒落で有名でもある。

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さて平野部へ出て列車は一路富山県第2の都市高岡を目指す。

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金沢駅より40.6km、45分で高岡駅に到着 (^^)

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ここでのお目当ては、高岡駅南側、JR城端線沿いの国宝 瑞龍寺
城と神社と寺は、私の旅の3点セットなれば、ここで締めだ (^^)d

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高岡での予定時間は1時間7分なので、
駅南口より約800mを再び火牛の如く猛進だが、やはり暑い (ノД`);;;

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高岡山瑞龍寺は加賀藩2代藩主前田利長の菩提寺である。
以前より機会を伺っていた期待の寺は、山門、仏堂、法堂は国宝、
総門、禅堂、大庫裏、回廊、大茶堂が国の重要文化財に指定されており、
江戸初期の禅宗寺院建築として高く評価されているは、まさに本物の風格だ。

当日は緑と青とモノクロのコントラストが鮮やかで素晴らしい訪問となり大満足!
詳細はこちら → オレの寺! 瑞龍寺

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寺へ至る八丁通では、高岡を開いた前田利長が睨みを利かせている。

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“としながくん” と潔くストレートな、ゆるキャラが親しみを覚えるかも ( ̄∇ ̄)

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また高岡市はドラえもんの作者である藤子・F・不二雄が生誕した地だ。
そんなふるさとの偉人である氏の業績を讃え、氏が描き続けた作品の魅力や世界観を、
多くの方々に知ってもらいたく、さまざまな取り組みを行っていて、そのひとつが、
路面電車のドラえもん電車の運行で有名かも。

また高岡市より北部の氷見市は相棒の藤子不二雄Ⓐの出身地なので、
JR氷見線はハットリくん列車の運行でも有名かも。

そんな列車たちにも乗りたかったし、古城公園などでも散策したかったが、
時間の都合で今回は泣く泣く(ノД`)退散・・・で、まずは再び高岡駅を目指す。

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先日よりハードに歩き回り、先ほどの金沢城下町RUNもあり、
実は一気に両足の靴擦れが進行しここでも辛かった (ToT);;;

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大昔に初めて富山盆地へ来たときに強烈な印象を抱いたことが、
背後の北アルプス3000m級の山々の偉容で、大迫力な景観であった。
近くて、高い! と。

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夏は見えないが、春先にはさぞ壮観な眺望を披露してくれるだろうが。

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そんな様々な想いを胸に11時48分の電車へ乗り込む。
さらば高岡! 素敵な故郷の誇りに囲まれ、静かなところなれば住んでみたいかも。

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その電車に乗り込んだ隙にハットリくん列車がホームに滑り込んで来た!
撮り損ねて悔しいので画像を拝借・・・夢と希望にあふれ気持ち好い (^^)♪

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さて12時前だが、ここからは延々と各駅列車を乗り継いでゆくのみ。
新潟県境の糸魚川市あたりで、ようやく本日の半分の距離なれば、
地元小国駅到着予定は最終便で21時前なので、ガッツリと9時間!

「全て各駅列車で通す」が今旅の自分の趣旨なのでネ b(^^)d
計画段階では、もっと観光訪問地を増やすために、
途中で特急などを利用する悪魔の囁きと何度も戦ったが、私は勝った (^^)v
そもそも青春18きっぷは特急列車等では乗車券として認められない。
例えば金沢と高岡間など、ある区間を特急利用しようとした場合、
特急券と18きっぷとは別途にさらに乗車券も買うのがルールだ。
そんな際限なくお金が掛かるのも気に入らず、硬派に各駅列車のみなのだ。

さて約20分で富山駅へ到着し乗り換えに8分あるが、
既にホームインしている列車には先客が左側席を占めている。
それはみんな進行左手に広がる日本海を見たいからだ! と思う。

富山駅で名物ます寿司を買って車窓を愉しみつつ昼飯としたかったが、
ボックス席の微妙な席確保合戦で神経をすり減らしてしまい、見送った (>_<)

まずは流れゆく車窓・・・この夏の甲子園出場の富山第一高校
サッカー日本代表の柳沢敦の母校はあの辺か?
などと相変わらずの忙しさで、やがて黒部川を越えれば富山県とのお別れが近づく。

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真っ青な海が車窓に現れ始めると、夏のリゾート気分が盛り上がる (^^)
背後では海水浴のために乗り込んだ高校生男女軍団の愉しそうなことよ・・・。

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ここからは親不知・子不知の超難所が続き冒険気分も全開だ (^^)/

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ボックス席左に陣取る御年輩オヤジがのんびと車窓を眺めていると、
途中よりオバちゃん2人組が向かい席に座り、
「海を見たいので(相席を)すいませ~ん」と殊勝だが、
「孫が先日交通時を起こし云々・・・」、「先月の仙台での葬式で云々・・・」
等々の世間話のお喋りでうるさい (--#) で海も見ていないし・・・(`ε´)

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その様子にオヤジは堪らず席を立ち、出入り口へ立ちんぼ退散したが、
オバちゃん達は一瞬申し訳なさそうにしたが、数分後はペチャペチャと復帰 (--#)
まったく面の皮の厚さは相変わらずの生き物で、世の中そんなもん。

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海上の高速道が現れてしばらくすると親不知駅。


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ここを真冬の荒れ狂った日本海の時期に訪問したらどうなのか・・・。

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では車窓動画をお楽しみ下され (^^)/

  → 457系543M 前面展望05 北陸本線 泊⇒親不知

来年開業の北陸新幹線も平行してトンネルで突っ走っている。

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やがてペイント列車のJR大糸線が見えると糸魚川駅だ。

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糸魚川駅はサラ時代に仕事で来たことがあるし、
大糸線も13年前の黒部ダム旅行の際に乗車したことがあり懐かしい (^^)

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ではここまでの車窓動画をお楽しみ下され (^^)/

  → 457系543M 前面展望06 北陸本線 親不知⇒糸魚川

若干停車時間があったので駅売店へすっ飛んで行き、駅弁を物色し、
名物 イカスミのブラックたれカツ弁当をゲットするが、
イカスミで指を始め首掛けのタオル、口の周りまで真っ黒になってしまった (ノД`)
拭き取り難いし! (--#) =そんなことも旅の思い出だが・・・。

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直江津側の駅近くで直流と交流の変更区間があり、
列車は切り替えのために一時停電して車内真っ暗になり空走区間となるはずだ。
・・・が、この時は確認をしっかりと忘れていたりして・・・( ̄∇ ̄)↓

さてトンネル続きをしばらく進むと、今回愉しみにしていた、
ホームが地下トンネル内という珍しいモグラ駅=筒石だ。


JR上越線の土合駅も有名で、そちらは訪問したことがあるが、ここは初!

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降りてじっくりと浪漫の散歩、或いは冒険と洒落こみたいが・・・(ノД`)

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まずは貴重な動画で確認してみよう!

  → 地下40mにある糸魚川市の筒石駅

そんなプチ興奮を後に、やがて列車は直江津へ到着し乗り換えだ。

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ここは乗り換え時間が長く、駅弁も種類が豊富であったが、
進行方向左側の席取り合戦に気が抜けなかったりし、が、見事に負けた・・・ (ToT)

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ここから登場した数名のマニアオヤジ軍団のオーラが凄まじい。
写真とビデオと撮りまくり、会話もマニアックで弾んでいたが、
後ろ席の私もちゃっかりと勉強になったりして・・・ ( ̄∇ ̄)
また一匹狼オヤジも多く、彼らの静かなる闘いが私には判る。

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そして、その約一ヶ月前に断崖絶壁の上方より眺めた、
日本で最も海に近い駅のひとつ、青海川駅へ到着だ。

  → 信越本線(柿崎→青海川@Front-View)

詳細はこちら → オレの駅! 青海川駅(信越本線)

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お盆連休ゆえに、ここでも乗降する人々の姿が多い。
みんな浪漫を求めて、そこに駅はある・・・鉄道の世界 奥深く いとをかし。

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見上げる手前はR8、奥は北陸自動車道は、
何れもクルマで爆走したことが今は不思議な気分だ。

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やがて柏崎駅に到着すると、懐かしい故郷の香りを感じるかも。

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時間は15時12分・・・地元まで、あと5時間半ほどだ。やはり長い。        (つづく


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青春18きっぷの旅2013(4) 敦賀→金沢 [2013旅行]

さて青春18きっぷの旅は福井県敦賀市にて3日目の朝を迎えた。
今日も線路の向こうに浪漫とドラマが待っている・・・はず (^^)

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今日は地元山形県まで戻るのに北陸路をひたすら北上だが・・・遠い (ノД`)
立ち寄りは金沢市と高岡市の予定だが、それでも道中の半分にも満たずとは!
我が町は新潟県との県境ゆえに新潟県へ入れば間近な感覚となるが、
富山県との県境の糸魚川市辺りでようやく半分なれば、恐るべき長さの新潟県よ (゚o゚;

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さてエアコン冷え冷え作戦による爆睡で、目覚めは気分爽快の敦賀の朝は早い。

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敦賀発5時47分の始発電車に乗り込むべくホテルを出ると、
昨夜は暗くて気付かなかった、あの佐渡先生が待っているではないか!

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そして駅前広場では星野鉄郎とメーテルが!

何でも駅前から気比神宮に至る道路に “ 鉄道と港の町 ” を象徴するべく、
松本零士の人気作品の「宇宙戦艦ヤマト」と「銀河鉄道999」の、
キャラクターブロンズ像28体が設置されているらしい。

では40、50歳代には懐かしさに涙流れる、この名曲を今日のBGMとしてみよう!
  → 銀河鉄道999 ゴダイゴ OP

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そして謎の古代人も私を見送ってくれる。
「いってらっしゃ~い! また来てね~!」

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前日もそうであったがJR西日本では女性車掌が多いようだ (*^_^*)

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さて走り始めた列車は直ぐさま長大な北陸トンネル(総延長13870m)に入る。
過去に恐ろしい火災事故が発生したトンネルだが、
出入り口に慰霊碑が見えたので犠牲者の冥福を祈る。
  → 北陸トンネル火災事故
  → 暗闇の災禍・・・北陸トンネル列車火災事故
  → 北陸トンネル事故を教訓に・・・「トンネル内火災事故とその対策」

その長さを表すようにトンネルを抜けると窓ガラスは結露している。
確かに今日の私も脳天気な陽気だが、過去の苦く痛ましい経験により、
現在の鉄道の安全が確立されているわけであり、
その恩恵に預かっていることを再認識させられて、身が引き締まる思いだ。
・・・あらためて合掌、そして感謝の念を忘れてはならぬ <(_ _)>

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昨夜確保したパンとお茶ボトルへ詰め替えたアップルジュースが朝食だ。
食べられるうちに食べておけ!が忙しい私の旅の流儀とな。

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澄んだ山河と、のどかな田園風景は我が町と変わらないかも・・・(^0^;)

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やがて武生駅へ至ると、サラリーマン時代の取引先企業が思い起こされる。
そして次の鯖江はめがねで有名な町であるな!
サラリーマン時代の出張等では、
ほとんど夜間の寝台列車だった北陸本線なので昼間の車窓が愉しい。

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さて本日、実は訪問したかったのが朝倉氏の栄華を伝える一乗谷城跡だ。
朝倉氏は特に好きでは無いが、それとは別にその広大な史跡は見学したいのだ。

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越前花堂駅から越美北線(九頭竜線)へ乗り換えて4つ目の、
一乗谷駅下車で中心部まで約1.5kmの山あいだ。
  → 戦国大名越前朝倉氏(一乗谷朝倉氏遺跡)
  → 戦国大名越前朝倉氏の城下町を復元した一乗谷遺跡


近づく車窓から、あの山の陰であろうと鋭く遠い目を向ける私 (^^)♪

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しかし越美北線は我が米坂線同様に超ローカル線ゆえに本数が少なく、
かつ早朝ゆえに資料館等の施設は開館しておらず、
その後の日程に上手く収まらず泣く泣く断念・・・ (ノД`)

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以前かの永平寺へ参拝した後に、
南下し一乗谷駅をかすめて福井市内を突っ切り東尋坊へ行ったことがある。
いつかヨボヨボ爺さんになったら再び永平寺とセットで廻りたいものだ。

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さて県都福井市で若干停車時間があるのでホームで息抜きだ。
北陸新幹線は来年金沢駅まで開業し、以南は未定だが周囲では建設中ではある。

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西側の街並みへ目を向けると・・・
福井城(北の庄城)跡が、バスケットボールが強い北陸高校が、
そして名将 北野尚文監督に率いられた福井商業高校があるのう~♪ などと私は忙しい。

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その後ものどかな田園地帯が続き、やがて県境を越えて石川県へ入る。

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加賀温泉駅で福井より富山へ向かう特急おはようエクスプレスが抜き去る。

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ところで敦賀より一緒に乗車した、あるオッさんも、その筋の強者のようだ。
写真を撮ってはスマホやタブレットを操作しているは、
直ぐさまネットへ公開しているのかもしれず、時折私と目が合ったりする。
さり気なくお互い存在を気にしていたりして・・・( ̄∇ ̄) キミは何してんの? ふふふ。

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小松駅では日本の4番松井秀喜が気になりだすかも (^^)
写真右奥方面にベースボールミュージアムがあるはずだ。
私は前身のプレハブ小屋風情の「野球の館」時代に訪問したが再訪した~い!
(あの時は松井の母ちゃんの軽自動車とも記念撮影したなぁ~(^^)d )

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金沢市内に近づくにつれて進行方向窓に陣取るオヤジ姿が1人、また1人と増える。

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そして大河 手取川は上杉謙信が織田軍団を蹴散らした手取川の戦いで有名だ。

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そして金沢駅到着8時14分は、敦賀駅より2時間27分で距離は130.7kmだ。
駅構内は通勤、通学の人々で賑わい、北陸路の中心都市であることを教えてくれる。
また改札口が自動ではなく駅員の手対応なことが珍しい・・・なぜ?

さて次の乗り込み予定は9時55分で、以降も忙しい予定なれば、
今のうちに空腹の後顧の憂いを断つべく、
お出掛けではお馴染み=愉しみな駅の蕎麦かうどんを食べておきたい。

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天ぷらうどんが食べたくなったが、一般メニューと30円違いなれば、
その特徴がよく判らないがご当地麺らしい “ 金沢うどん ” を雰囲気で注文だ。

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来年の新幹線開業に向けてリニューアルした近代的な金沢駅だが、
空撮では、おむつやパンツに見えると先日TVで放映していた・・・ああ、なるほどね。

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その東口では金沢の伝統芸能である加賀宝生の鼓をイメージした2脚の柱に、
緩やかな曲面を描く屋根をかけたものが鼓門だ。
伝統と革新が共存する街である金沢を象徴する堂々たる門となっている。

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さてこの金沢では金沢城跡と尾山神社参拝を予定しており、
まずは駅より、有名な近江町市場を経由して金沢城跡へ向かうこととする。
もちろん健脚な私は徒歩で・・・歩くからこそ見えて感じるものがある=コレ基本!


その金沢市は藩政時代から用水路が整備されていたので、
その遺構を大事に後世へ伝えようとしているようだ。

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やがて突然スクワットをしたくなりファミマの道場へ駆け込む・・・ふんっ!ふんっ!
これでさらに後顧の憂いを断ち、ますます体は軽く体調も絶好調だ (^^)♪

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やがて市内交通の要衝である武蔵辻へ至り、その先が近江町市場だ。
横断道、地下道で若干彷徨ったが、後にこの経験が大いに役立つことになる。

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そして買う、食べる予定は無い冷やかし観光で近江町市場を目で愉しむ。

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愉しそうなレンタサイクルの若者カップルを横目に軽く舌打ちし、金沢城跡を目指す。
(チッ、まったくどいつもこいつも堂々とイチャつきやがって・・・こら!・・・羨ましい

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やがて金沢城跡=公園へ大手門より堂々と入場だ。
広大な広場の緑と青空と白い雲が眩しく、散水が涼感を漂わせている。
暑さで大汗だが妙に清々しい気持ちにさせてくれる。

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独特の白漆喰と海鼠模様が優雅な印象を与えるは、ほとんどが復元だが、
兼六園に続く石川門は現存で国の重要文化財だ。

詳細はこちら → オレの城! 金沢城

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その日本の名園 兼六園には過去2回訪問したことがあるので今回は見送る。

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眼下では勢いよく走り去るクルマたちだが、
私の近所のKさんは、かつて金沢での学生時代に、
若気の至りで週末夜はこの周辺を騒がしく暴走行為を繰り返していたらしい。
そして繁華街の香林坊で女性・・・ま、ひとの過去の話はイッか (^_-)

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さて、次は金沢城跡に隣接する加賀百万石の礎を築いた、
前田利家とお松(芳春院)が御祭神の尾山神社へ参拝するのが筋であろう。

詳細はこちら → オレの神社! 尾山神社

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短い時間だが十分に堪能し満足して、ふと時計を見ると時刻は9時36分・・・。
あ!? 列車発車時刻まで、あと19分!?

チマチマと時計を気にして余裕のはずであったが、迂闊であった (~_~;)
ここから駅までは約1.5kmほどあるはずなので、早足で歩いても15分、
実際は駅構内を移動しホームまでの距離を考えると2km弱とすれば20分!
このままでは乗り遅れてしまう (゚o゚;;;
その次の列車では、以降の乗り継ぎ都合で高岡市に下車することは出来ない (ノД`)
では即決・・・走るしかない!
(このような時のために日頃から鍛えているのだろうが・・・( ̄∇ ̄)d )

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そこで交通量の多い大通りの歩道を、背負いバッグ姿でエッサホイサと走る。
たぶん6分~6分30秒/kmペースなれば、ホーム到着予想は2kmとして13分後。
実際は信号待ちや地下道移動などで15分というところで、ギリギリ間に合いそうだ。

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事前に地図を頭に叩き込んでいたし、
来るときの市内の様子でイメージは出来上がっている。
武蔵辻の手前で横断信号が青になったので反対(左)側渡り、狭い路地に入る。
来るときに武蔵辻周辺で若干彷徨った経験がここで活きたのだ (^^)v

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駅に向かい下り勾配の道を大汗で急ぎ走る私の姿に、すれ違う人々の視線を感じる。
(どこでも、このような人っているよね? それが今は私で~す (^^)/ )
ウォーミングアップでスクワットを行ったファミマを左横目に過ぎ去り、
やがて威容を誇る鼓門が見えるが、いざ行くと遠い・・・ゆえに怪走は続く。

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走りつつ、頭の中で駅構内のレイアウトを確認する。
降りるときにしっかり記憶しておくことが、先の岐阜駅の時のように役立つのだ。

いつも利用する駅のように、軽快に最短ルートでホームを目指し階段を駆け上る。
時計は9時51分=発車4分前・・・間に合った!
(岐阜駅では1分前、今日は4分前では、心臓ドキドキで長生き難しいかも・・・)

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暑い日の熱い漢の荷物持ちの普段着ランニング・・・
蒸し暑いホームでは立ち止まっても吹き出した汗が止まらない (ノД`);;;
ズボンの腰周りまで汗で濡れて染みが目立っているは、かなり恥ずかしい。
これが「旅の恥はかき捨て」だろうが、こんな出来事が後日の思い出となるものだ。

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まだ午前10時だが相変わらず濃厚な時間を愉しんでいる (^_-)        (つづく


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青春18きっぷの旅2013(3) 米原→彦根→敦賀 [2013旅行]

[ BGM・・・The Song of Life 鳥山雄司 ] 

米原駅を発ってしばし、進行方向右手の小山にお城の姿が確認できる。
それが現存天守閣で城郭建築の最高峰とも評価の高い国宝 彦根城だ!
先の岐阜城同様に、7年前に京都から在来線で移動するときに目にした光景だ。
ちなみに彦根城は世界遺産登録を目指すらしい。

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米原駅で乗り換えて京都、大阪方面へ向かう1つ目の駅が彦根駅だ。
もし岐阜駅で乗り遅れたならば、米原駅からの連絡、乗り換え時間ロスで、
彦根城の16時半までの入場時間に間に合わなかっただろうから、
米原駅から直接彦根城へタクシーで移動してみるつもりであった。
米原駅から彦根城は直線距離で、わずか5km弱なのだが近くて遠い・・・。

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さて彦根駅から城までの1km弱を足早に急ぐが、ゆるキャラ “ ひこにゃん ” のお出迎え。
ん? 彦根は “ ひこどん ”、“ しまさこにゃん “、“ いしだみつにゃん ” などもいたのでは?
・・・なんかぞろぞろと多くて印象が霞むかも (^_-)

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市役所では男子100mで世界陸上大会日本代表となった、
京都洛南高校の桐生祥秀選手の垂れ幕とは、彦根市の出身だったんだ。

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・・・と脇目しつつも鼻息荒く競歩なみの歩きで汗だくで彦根城へ到着。

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城自体の入場から、天守閣閉館の16時半前に間に合い、ようやく安堵だ。

詳細はこちら → オレの城! 彦根城(1) (2)

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この天守閣への入場時間が岐阜城から心配で慌ただしかったのだ。
そのために昼前あたりから我慢していたスクワットを、
ようやく意気揚々と解放気分で浸ることができる・・・くぅうう至福な瞬間だぜ b(^o^)d

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国宝で・・・感慨深い渾身のスクワット!(^^)/

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その後は身も軽くなり、縛りの時間は無くなった気楽さで足取りも軽やかに。
そこで、その後は市内散策も愉しむこととし、城の南西方面の、
江戸時代の街並みを再現した「夢京橋キャッスルロード」へ徘徊してみる。


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17時半過ぎなのに、ほとんどのお土産物店は閉店してやがる (--#)
営業中は高級でお洒落な飲食店のみか。
カノジョとでもなれば愉しいかもしれないが、オヤジひとりではつまらん (ToT);;;

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そこはお風呂か? 飲み屋か? 「かわや」と書かれた、これまた小洒落た暖簾が。

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そんな香りを確認して通りを後にし、再び駅を目指しトボトボと歩く。
小腹が空いたので駅前で “ 近江ちゃんぽん ” なるB級グルメをいただく。

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渇いた喉への生ビールと和風だしのたっぷり野菜の麺は最高に美味し!
(旅先での「ご当地名物」と云うキーワードに満足する私だ (^^)d )

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満足して、駅前広場では徳川家康四天王のひとり、井伊家初代の直政がお見送り。
ん? 写真右下のお城模型のようなものは何??? (今気付いた (@@;) )

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さらば彦根城・・・国宝の重さに大満足させていただいた <(_ _)>
しかし暑かったなぁ今日一日。
(それは熱い男の私が訪問したからかも ( ̄∇ ̄)~☆ )

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さて今宵の宿泊地は翌日の帰郷日程の都合で福井県の敦賀市だ。
当初は長浜市に宿泊し、得意の夜の街をブラブラ徘徊しようかと思ったが不可だ。
しかし・・・この付近は戦国ファンの痺れる地域ゆえに、ちと興奮。
浅井氏の山城 小谷城跡、浅井・朝倉vs織田・徳川軍の激戦地の姉川古戦場、
信長亡き後の主導権を賭けた柴田勝家vs羽柴秀吉の賤ヶ岳古戦場などだ。

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彦根駅から米原駅へ移動し長浜方面へ乗り換える。

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18時過ぎなれば時間的には途中下車して散策なども余裕だが、
な~んか、気分的にお腹いっぱいモードゆえにスルーして敦賀へ向かうこととする。
先日TVで長浜市内をブラブラする番組を観たのでヨシと思ったりして・・・(^_-)

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実は、長浜市はそれ以上に気になることがあったりする。
それはFacebookでお友達になった農家のTさんと、
同地域出身で首都圏在住のKさんの街なのだから。
  → 公式HP 安全・安心 おいしいお米の辻井農園
  → ブログ 現代田んぼ生活

いつもネット上で懇意にして頂いているTさんにお目にかかりたいが、
残念ながら当日は所用のため不可とのことだ 。゜(゜´Д`゜)゜。。。
仕方なく車窓からTさんの自宅方面を眺める・・・ついでに姉川古戦場跡にも。

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そして最寄り駅と思われる、その名にシビれる虎姫駅!
Tさん、Kさん、地元の雰囲気を確かに承った・・・さらばです ヾ(^v^)k

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そしてTさんのブログでもよく写っている小谷山=浅井氏の小谷城跡が!
その右手前は攻略した羽柴秀吉が陣を敷いた虎御前山であろう。

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やがて木之本駅に到着し、左手に目を向ければ、
その先が賤ヶ岳合戦の舞台・・・おお、ここでも400年前の鬨の声が聞こえるかも!

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ところで、長浜で乗り換えてから出入り口にて写真を撮りまくっていたが、
近くに座る幼い女の子が、しきりに私に向かって話しかけてくる。
  「なに、とってんの~?」
  「あそこは、ゆうめいなおしろがあったんだよ」
  「どうして、しゃしんばかりとるの~?」
  「おしろがすきだからね。おじさんは、とおくからきたから、たのしいんだよ」
・・・などなど真面目に受け答えする私 (;´Д`)スバラスィ
女の子の声が大きいので、周囲の高校生などの視線が向けられるが、
戦闘モード中の私は全く気にならず、この瞬間に全力投球のみ!

またまたところで、この付近で気になったはママチャリで乗り込む中高生の姿だ。
あまり見たことのない光景なので珍しい・・・
・・・このようなことが地元の雰囲気を感じる、ということで愉しい (^^)

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瞬く間に夕暮れが迫り、やがて列車は県境の山中、トンネルに入る。
早朝からの慌ただしい濃密な行動を振り返りつつ、
頭の中では何となく『蛍の光』が流れてくるかも ( ̄∇ ̄)~♪

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敦賀市への路線は下り勾配だが、反対にはループ線で上ることを私は知っているが、
この夕闇では外の確認はままならない・・・(ToT);;;


では本日とは逆に敦賀駅から近江塩津駅へのループ線車窓映像を紹介だ。

  → 北陸本線(等速) 新快速 敦賀→近江塩津 前面展望

やがて終点の敦賀駅・・・日本海側で北陸道の始まりなれば遠くへ来たものだ。

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まだ19時半過ぎだが、静かな駅前は妙に落ち着くかも。
宿泊は駅前のリーズナブルな “ ビジネスホテル山形 ” だ!
何でここまで来て「山形」なのか判らないが、望郷の念がチラリ?

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事前調査のユーザーレビューではカビ臭いとか散々な評判だが、
(おとこ)には格安で布団で眠れればヨシ!なのだ (^^)
が、キャンペーン中予約ゆえか、なぜかダブルの部屋へ案内された (^_-)
広くて好いが、動作が不安そうな超旧いタイプのエアコンと小さいTVが若干不安を煽る。

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そして洗面所では何とレモン石鹸が! (小学校でしか見たことないぞ (--#) )
歯磨き粉無しの歯ブラシと髭剃りも無し・・・これが格安の秘密だが想定内 (^^)

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そのレモン石鹸で、この2日で芳醇な香りを漂わせているシューズを洗濯したりして。
この時期アウトなサンダルシューズのメッシュソールなれば、すぐ乾くわさ (^^)v

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時間は有り余っているので、コンビニ調達で今宵も呑んで慰労するしかない!
明日の金沢予習として、なぜか星稜ユニフォームの松井秀喜が表紙を飾る雑誌を。
(ここまで来て高校野球の雑誌を買ってどうする!?)

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ちなみに福井県の民放は2局しか映らぬようだ・・・う~む。
ホロホロと、ひとり虚しく地方都市のダブルベッドでイイ気分になりながら、
エアコンは最低温度最大出力のまま、布団をかぶり朝までぐっすりと爆睡だ。

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そんな静かな敦賀の夜は、やはり落ち着き、日中の疲れも存分に癒やされた (^^)d

【8/11本日の乗り換え】
草加→北千住→日暮里→東京→沼津→浜松→豊橋→岐阜(下車)→
米原→彦根(下車)→米原→長浜→敦賀
所要時間 約14時間 (5:30→19:30)

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さて明日はいよいよ北陸路にて帰郷だ。
長い道中ではどのような冒険が私を待っているか? ふふふ愉しみだ ZZZzzz  (つづく

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